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    花押とは
平安時代から江戸にかけて手紙や作品に書かれた署名で、多くは書き手にしか分からない文字性のないサインになります。元々草書体で書かれてい たようですが、次 第に省略され名前の漢字の一部を省略して、それぞれの一部を組み合わせたものなど解読不可能な手書きの印判に属するものです。
《 画像は、平凡社書道全集、東京堂出版書道辞典、より掲載 》
ごだいごてんのう じえん まえだとしいえ たいらのきよもり
後醍醐天皇 慈圓 前田利家 平清盛
1288〜1339 1155〜1225 1538〜1599 1147〜1199
その他の花押

   二字を合体した他の例
このように、二字を略して一字のように合体させた文字は無いわけではありません。下は平安朝に書かれた仮名の例ですが、おおむね文字の最終画と次の字の始筆を同じものに合体し、錯綜したものもありますが解読が可能な範囲のもので 多く使われた実績があり文字として認めら れるものです。
《 画像は、柏書房-名筆かな連綿字典、平凡社-書道全集より掲載 》      
          
けむ ひと みと 於(お)も
西本願寺本
三十六人集
巻子本古今集 巻子本古今集 西本願寺本
三十六人集
つらゆき なかつかさ
貫之集・下
中務集

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   現在でよく似たもの

阪神
タイガースロゴ
現在でよく似たものですと、漢字と英文字との違いがありますが阪神タイガースの
ロゴマークのようなものといえます。これはHとTが確実に入って、良く知れ渡ってい
ますから( H= 阪神  T=タイガース )と誰でも分かりますが、花押という一個人の
名前の一部を勝手に省略して二字に組み合わせた文字など読めるものではありません。

『 サインというものは自身の証 しである 』 という見方だけで考えますと別に読めなくとも良いようです。
したがって、紙面の構成や全体のバランスを考える上で、文字でないものを適当に墨で塗りつぶしていける
花押』 は 『 最後の締め 』 として良い素材であるといえ、このような事から各人が色々と自分流の花押を
考案 し多用されたものと考えられます。当方でご提供するサインは花押のように文字性を無視したものでは
ありませんが、一応の参考として以下に掲載させて頂きました。
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古人の作品や書状から花押部分を抽出しました ( 年代順 )   漢字名前サイン ページ上へ
    ふじわらのすけまさ
  藤 原 佐 理
     みなもとのよりとも
  源  頼朝
      どうげん
 道  元
      むがく  そげん
 無 学 祖 元
     いまがわりょうしゅん
 今 川 了 俊
     せっしゅう
  雪  舟
      そ う ぎ
 宋  祗
      あしかがよしまさ
  足 利 義 政
      とよとみひでよし
 豊 臣 秀 吉
      ほんあみ こうえつ
 本 阿 弥 光 悦
     ほそかわただおき
 細 川 忠 興
      ごようぜいてんのう
  後 陽 成 天 皇
     せんがい
  仙 
      ただ  しんあい
  多 田 親 愛
      お の が ど う
  小 野 鵞 堂
歴代総理の花押
    ( 首相官邸 HP )
明治時代の総理
大正時代の総理
昭和 (戦前)の総理
昭和20年〜40年の総理
 昭和40年以降の総理
平成 以降の総理



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ふじわらのすけまさ  離洛帖(りらくちょう)
藤原 佐理 「 944 〜 998 」
平安中期の参議から太宰大弐、兵部卿。
左は手紙の冒頭に書かれた花押でその後に(謹言離洛の‥) と書かれていると ころからこの手紙を 離洛帖と呼ばれています。小野道風 や藤原行成とともに三蹟の一 人で すが、両者の流麗さとは違い、総じて唐様でタッチが厳しく暢達で 奔放自在な迫力ある書状の 花押です。


佐理の書状で、その他の花押
《 画像は 平凡社 書道全集 12より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ

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廿






みなもとのよりとも
源 頼朝 「 1147 〜 1199 」
鎌倉幕府初代将軍。
武家政権の創設者、頼朝が 後白河(ごしらかわ)法皇の勅書に答えた書状で42歳の書です。





《 画像は 平凡社 書道全集18より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
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どうげん
道元 「 1200 〜 1253 」
越前、永平寺の開祖。
叡山から建仁寺をへて宋に渡り5年に亘る留学後、わが国にはじめて曹洞禅を伝えました。普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)( 坐禅の方法を解説した文章 )の最後に記した落款(らっかん)と花押で、34歳のとき京都の観音導利院 ( のちの興聖寶林寺 )において書いたとされています。
《 画像は 平凡社 書道全集19より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
4
むがくそげん
無学祖元 「 1226 〜1286 」
中国・浙江省からの帰化僧。
時の執権、北条時宗の招きによって来朝し、建長寺第三世をへて 臨済宗円覚寺を開山しました。左はかつて同門として修行した 一翁院豪(いっとう い んごう)に与えた偈頌(げじゅ)( 経文 )の最後部の日付と署名、花押です。




























《 画像は 芸術新聞社 禅の書より掲載 》   漢字名前サイン ページ上へ
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 いまがわりょうしゅん








花押
今川 了俊 「 1326 〜 1420 」
遠江(とおとうみ)、駿河の守護大名。了俊は出家した号。
九州一円の行政と軍事一切を委任された今川了俊が、了俊勢に加勢、助力してくれた 恩賞として吉祥寺側( 大友親世 )方に出した安堵状の署名と花押です。
日付と名と花押のみを抽出 していますので、花押の太い線が異質に見えますが全体の中でながめますと線の太細が見事でさっぱりとあか抜けした瀟洒なものになっています。
《 画像は 平凡社 書道全集20より掲載 》   漢字名前サイン ページ上へ

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花押

せっしゅう
雪 舟 「 1420 〜1506 」
室町時代の画僧。
左は弟子の如水宗淵宛に送った書状の最後に記 した落款
と花押で、右下の花押の上部『等楊』は幼児に相国寺に
入った時からの称です。
雪舟のその他の花押






《 画像は 芸術新聞社-墨1980-24号より掲載 》  
漢字名前サイン ページ上へ
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そうぎ
宋 祗
室町末期の連歌師。
前関白近衛正家宛の書状の日付と花押です。





《 画像は 平凡社 書道全集20より掲載 》  
漢字名前サイン ページ上へ
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廿




花押
あしかがよしまさ
足利義政 「 1436 〜1490 」

足利8代将軍。
書状の日付と花押です。
ちなみに、東山の銀閣寺は、弟と子の係争が応仁の乱を引き起こしたため隠棲した山荘で、金閣寺を擬 して東山 殿内に建てられたとされています。






《 画像は 東京堂出版 書道辞典より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
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花押

 とよとみひでよし
豊臣秀吉 「 1537 〜 1598 」
秀吉がその死の前年、
秀頼に送った書状に記した署名と花押です。
《 画像は 平凡社 書道全集22より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
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ほんあみこうえつ
本阿弥光悦 「 1558 〜 1637 」
室町時代から続く刀剣の鑑定(めきき)や磨礪(みがき)などを業とする本阿弥家の生まれで、信長、秀吉、家康らの目眩(めまぶ)しい変転の中で京都文化を形成した一人です。町家の才人ですが、蒔絵(まきえ)や陶器などにも卓越 した才能を発揮し書においては近衛信尹(このえのぶただ)や松下堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)と共に『 寛永の三筆(さんぴつ) 』 と称されています。
左は俵屋宗達(たわらやそうたつ)の描いた絵に、光悦が古人の歌を書きその後に署名したものです。( 金銀四季花木下絵 )
《 画像は 平凡社 書道全集22より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
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ほそかわただおき
細川忠興 「 1563 〜 1645 」


廿



幽斎 (ゆうさい)細川藤孝(ほそかわふじたか))の子忠興はその妻ガラシャ夫人(明智光秀の三女)の夫として知られています。左の花押は家臣から舶来品を贈られたことに対する礼状の最後に記されたものです。花押というものに文字性はありませんが、このように下部にある筆画を横に広げますと安定感が増 し、どっしりと落ち着いたものになります。

また、巧みだと思う点は、線の太細をうまく使いこなしている点です。書き出 しの頭から太く墨をいれ、途中で墨がなくなり軽くなっています。そして花押で墨を入れ、下部で安定させている事が自然に出来ています。何でもない事ですが細くなった『六』の中にも太い線を入れ、書き出しの『九月』と同じ程度の密度ある墨量を『花押』にもって来て、『六・日』字と同じ線質のものを下部に置いている点に感心します。
  
《 画像は 東京堂出版 書道辞典より掲載 》/漢字名前サイン ページ上へ
 ごようぜいてんのう
後陽成天皇 「1571 〜 1617 」
第107代の天皇。在位26年。
弟宮の曼殊院門跡・良恕親王宛の書状の日付と花押です。



廿

























《 画像は 平凡社 書道全集20より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
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せんがい
「 1751 〜 1837 」臨済僧。
筑前博多の聖福寺にし第123代の法燈を継ぎ、商都博多の俗世間の中に交わり和光同塵(わこうどうじん)の生涯を送りました。
独自の戯画と平明な禅理が知られていますが、左は経文ふうに書かれた遺訓 遺偈の最後に記された署名と花押です。
《画像は 芸術新聞社 墨・禅の書より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
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ただしんあい
多田親愛 「 1840 〜1905 」








明治の書家。
20年の博物館勤務で上代(じょうだい)様(平安かな)の研究に通じた仮名作家で、左は古今和歌集を書いた後の落款と花押です。





《 画像は 平凡社 書道全集25より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
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おのがどう
小野鵞堂 「 1862 〜 1922 」







明治の書家。
大蔵省から華族女学校(女子学習院)で教鞭をとりつつ東宮御用掛として皇族に教え、多くの手本集を発行しています。左は古今和歌集を書いた後の年月と花押で、明治43年49歳のです。

上代の上品で高雅な書風を実用に生かし、比較的平明で分かりやすく 一般受けした事が、『甘ったるく俗っぽい印象を受ける』という指摘もあります。
《画像は 芸術新聞社 墨・禅の書より掲載 》  漢字名前サイン ページ上へ
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